1つ1つの単語を曖昧にしてはいけない理由
国家試験の勉強をしていると、見たことがある単語が増えていきます。
問題も解けるようになります。
しかし、
「その単語を説明してください」
と言われると説明できない。
私は、その状態は理解したのではなく、覚えただけの状態だと考えています。
見たことがあると理解しているは違う
- 見たことがある
- 問題が解ける
- 説明できる
はそれぞれ別の状態だと思っています。
例えば、問題が解けるからといって、その単語を理解しているとは限りません。
答えを覚えているだけかもしれません。
自分の言葉で説明できる状態になって初めて、理解したと言えると考えています。
国家試験の知識はつながっている
国家試験の知識は、科目ごとに独立しているわけではありません。
例えば放射線物理学で学ぶ単語は、
- 放射線計測学
- 放射線生物学
- X線撮影機器学
- 放射線治療技術学
など、さまざまな科目で登場します。
1つの科目だけで使われる知識は意外と多くありません。
多くの単語や概念は、複数の科目にまたがって登場します。
単語を1つ理解すると複数科目が理解できる
単語をしっかり理解していれば、その単語が別の科目に出てきた時にも理解することができます。
逆に、
単語を1つ曖昧にすると、複数科目が曖昧になる
と考えています。
土台となる単語の意味が曖昧なままでは、その単語が登場するたびに理解が曖昧になってしまうからです。
単語は知識の最小単位
国家試験の勉強は、知識を積み上げる作業です。
そして知識は単語によって構成されています。
単語の意味が曖昧なままでは、その単語が登場するたびに理解が曖昧になります。
逆に、単語を正しく理解していれば、その知識をさまざまな科目で活用することができます。
私は、
単語は知識の最小単位
だと考えています。
だからこそ、目の前の単語を曖昧なまま放置してはいけません。
最後に
私は、自分の言葉で説明できることが理解している状態だと考えています。
もし説明できない単語があれば、それはまだ理解が不十分なのかもしれません。
少なくとも、過去問に出てきた単語については、自分の言葉で説明できる状態を目指してほしいと思っています。
単語を覚えるだけではなく、その意味や他の知識とのつながりまで理解する。
その積み重ねが知識の土台になります。
そしてその土台があるからこそ、
初めて見る問題にも対応できる力
につながると考えています。